日本海海戦に際し、「敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊はただちに出動これを撃滅せんとす。本日天気晴朗なれども波高し 」と秋山真之参謀が起草し大本営に一報を打電した。(ウィキペディア)
「本日天気晴朗なれども波高し」というと妙に勇ましい感じがする
が、よく考えてみると気象条件の報告だ。
確か「坂の上の雲」(司馬遼太郎著)に書いてあったと思うが、晴
天ということは敵が見えやすく砲撃がしやすい。弾があたりやすい
ということであり、一方、波が高いと船が安定せず砲撃にはマイナ
スの条件だとか。
弾が当たるかどうかは本当に深刻な問題だったようだ。
当時は潜水艦も飛行機もなく、通商破壊の主役は水上艦艇、特に戦
艦の時代だった。
逆に言えば、水上艦さえ撃破してしまえば、通商破壊の方法がなく
なる即ち敵軍の補給を断つ方法がなくなると言う意味で、日本側に
してみれば、敵に打撃を与えるというよりは、自軍の補給線の安全
を確保するための戦いだった。潜水艦の群を一網打尽にしたのと同
じ効果があった。もしこれに負けていれば、大陸に渡った陸軍は補
給を絶たれ、全滅していた可能性すらあった。
つまるところ日本海海戦はシーレーン防衛のための戦いで、敵の通商破壊艦を一網打尽にした海戦というイメージで、ロシア側には実は大した打撃にはなっていなかったように思える。
日本海海戦の結果、軍事的にはロシア軍が日本軍の補給を断つことは不可能になったが、日本軍にしてもシベリア鉄道を完全に破壊しない限り、ロシア軍の補給を断つことは不可能で、生産力・資金力に劣る日本の不利が変わるわけではなかった。
ただ、戦艦は当時の列強にとって国力の象徴でもあり、艦隊同士の
決戦で勝つということは一騎打ちで雌雄を決したかのようなイメー
ジがあった。
そして、そのイメージは後に一人歩きして艦隊決戦至上主義を産み
、太平洋戦争時には、戦艦を沈めること自体が目的のように勘違い
され、手段と目的がひっくりかえり、敵の軍艦は沈めたが、輸送船
は放っておいたみたいな話もあったという。金庫を開けたことに満足して何も取らずに帰った強盗みたいな話だ。
手段と目的の逆転をフェティシズムという。
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