2006年03月29日

脱線3 世界遺産 慶州(キョンジュ)地区

慶州 は紀元前57年から935年まで朝鮮半島の新羅王朝時代の都だった。

石窟庵と仏国寺が1995年韓国初の世界遺産として登録されており、石窟庵の釈迦如来座像は、韓国仏教美術の最高傑作ともいわれている。

仏国寺は774年完成で当初は現在の十倍もの規模だったが、1592年の文禄の役で木造部分が焼失。

1973年に現在の姿になった。

慶州は古き良き朝鮮民族の文化が残り、昔ながらの独特の瓦屋根やオンドルの煙突が残っていたり、大きな瓶につけた味噌や醤油が各家庭で日干しされていたりする風景が見られる。また多くの陵墓、王宮跡、寺院が点在し、7世紀の天文台チョムソンデもある。

その新羅王朝時代に花郎(ファラン)と呼ばれる青年戦士組合があった。
彼らは平時から身心を鍛え,修養を積んで道義を学ぶ。また武術を習い戦士団として有事には国家のため身命を捧げて戦った。国家を愛し民衆をいたわるこころは花郎精神と呼ばれた。

ここまでは韓国のサムライのようなものかと思うのだが・・・

上級貴族の15〜16歳の美少年の中から選ばれ、化粧し、着飾って、歌楽や名山勝地での遊楽を通じて精神的・肉体的修養に励み、文武芸に秀でていた。

正装は女装だったという。

なんで戦士の集団が女装してるんだ!。

李氏朝鮮王朝時代(1392年〜)には、花郎は男芸者を意味する言葉に変っていたそうだ。

ネット上で見ていくと、花郎出身の武人もいたというだけで、軍事には関係なかったという説もある一方で、白村江の戦いで日本と百済の連合軍をうち破ったのは花郎の軍という説もあるようだ。

ファラン(花郎)は現代ではゲームに登場したり、テッコンドー団体の名前にあったりする。

文武芸に秀でた美少年貴族で女装趣味というと、栗本薫の「グイン・サーガ」に出てくるアルド・ナリスとマリウスがそうだが、古代朝鮮とはいえ現実にいたとは驚きだ。

「白村江の戦い」って教科書にも出てくる有名な戦いだが、まさか女装軍団に負けたのだろうか?(笑)

参考「世界遺産」成美文庫

ああっ、世界遺産の話がいつのまにか脱線して女装軍団の話になっている。もうええか脱線したままで・・。(ー∇ー;)


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posted by アマサ at 13:22| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 脱線 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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