2009年11月24日

撃沈の連鎖

重巡洋艦VS小型潜水艦VS海防艦VS中型潜水艦VS陸上砲台

1、重巡洋艦加古 VS S級潜水艦S-44

1942年8月10日朝第1次ソロモン海戦で大戦果を上げた第六戦隊はニューアイルランド島北方の港カビエンまで残り100浬の海域を航行していた。対潜哨戒機が1機前路警戒についており、港に近いこともあって雷撃回避のための「之の字運動」もやめ、速度も落とす艦隊命令が出ていた。重巡洋艦「加古」も4軸の推進器のうち、減速のために外側2つだけの「2軸航行」に切り替えていた。そのため急激な回避は困難だった。港の近くで待ち伏せをしていた米小型潜水艦S-44(S級)は午前7時50分およそ800m先を航行する4隻の重巡洋艦を発見する。8時6分に600mの距離から4発の魚雷を発射。16ノットで航行していた重巡「加古」の見張り員が「右舷に魚雷!近いっ!」と絶叫したが「加古」の艦首、艦中央部、艦尾に1本ずつ、計3本が命中し、僅か5分あまりで沈没した。

2、S級潜水艦S-44 VS 海防艦「石垣」

重巡「加古」を撃沈したS-44 は9月16日に一転して北太平洋のダッチハーバーに到着する。
9月26日にアリョーシャン列島のアッツ島を出航、北千島列島に向かう。10月7日の夜、レーダーで「小型商船」と思われる船を発見し、攻撃しようと浮上して接近したところ、猛烈な砲撃を受けた。
無防備な「小型商船」と思っていたのは海防艦「石垣」で戦闘能力を持っていた。急速潜行も間に合わず枕カバーの白旗も虚しくS-44 は撃沈された。

3、海防艦「石垣」 VS ガトー級潜水艦ハーリング

S級潜水艦S-44を撃沈した海防艦「石垣」は1944年5月末、松輪島から小樽へ回航する船団を先導していた。戦闘は5月30日から31日にかけての夜に行われた。11時30分ごろに石垣はガトー級潜水艦ハーリングから雷撃を受けて艦首を失い、それでも爆雷攻撃で反撃したが、程なく沈没した。沈没地点は( / 北緯46.433度 東経151.6度)

4、ガトー級潜水艦ハーリング VS 陸上砲台

海防艦「石垣」を撃沈したガトー級潜水艦ハーリングは6月1日朝7時43分ごろ、大和湾に侵入し商船2隻を撃沈する。その後浮上し、湾内に深く侵入して紅海丸(大阪商船、1,273 トン)を狙ったところ、紅海丸と陸上砲台から反撃された。7時56分、陸上砲台が放った砲弾が司令塔に 2 発命中し、ハーリングは沈没していった。

因果は巡るというか、まるで勝ち抜き戦のような海戦の連鎖という奇妙な事実。軍艦というものは、こうも次々と想定外の相手に撃沈されるものなんだろうか?商船かと思っていたら海防艦だったりとか、商船を狙っていて陸上砲台に沈められた潜水艦というのも珍しいと思う。まるで軍艦同士のあだ討ち合戦みたいな話だ。最後は沈めようがない陸上砲台が潜水艦を撃沈して幕というのも出来すぎているが事実のようだ。事実は小説より奇なりという死語?を思い出してしまった。誰か戦記小説にでもしてくれないかな?


posted by アマサ at 12:23| 熊本 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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